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2016.1.6

東海地震説の解説

                     

 

                佃 為成

 

 1976年に東海地震説(石橋克彦)が発表されてから今年で40年になります。当時、東海地震はあす起こってもおかしくないと言われていました。一方、40年後、60年後に起こってもおかしくないのです。この仮説の主な根拠は、今でも有効です。その1つは、安政の地震(1854年安政東海地震・安政南海地震)のときの震源の範囲は駿河湾まで達していたのに、昭和の地震(1944東南海地震、1946年南海地震)では浜松付近で破壊が止められ、東側の想定東海地震の領域が破壊されずに残っているということです。

 

 南海トラフの巨大地震は、西暦1400年以降の歴史資料によると、これまで90年から150年ぐらいの間隔で発生してきました。安政の地震から162年、次の大地震はそんなに先の話ではありません。次の大地震が差し迫っているかをしっかりと見定め、早めに危険防止の策を立てておきたいものです。人は、切羽詰まらないと具体的な行動に立ち上がりません。防災・減災のためには、状況を身にしみて感じることがどうしても必要です。

 

 東海地震はプレート境界に沿って、斜め縦ずれの亀裂が出来て起こります。遠州灘や駿河湾の海底の溝は南海トラフの1部ですが、フリピン海プレートが、本州を乗せているユーラシア・プレートという岩盤の下に北西方向に潜り込んでいます。図1のSuruga trough (駿河トラフ)は南海トラフの駿河湾の部分です。

 

 図1には、2つのプレートの境界の深さが10km、20km、30km……というように等深線で示してあります。本州内陸部へ向けて深くなっています。

陰のついた角張った囲いの領域は、2つのプレートの境界面の両プレートがしっかりくっついている部分です。境界の近くの下と上で発生している小さな地震を詳しく調べ、それらの地震を起こした力の様子から、境界の上と下で強いねじれが起こっていると推定された領域です。すいすいとずれていればこんなねじれは起こらないはずだと。

 

 次に各地点の矢印(ベクトル)についてです。プレート境界面のバックスリップと呼ばれる動きを表しています。1年当たりどっちの向きに何cm動いたか(cm/yr)を表しています。プレート境界でなんの抵抗もなく下のプレートが潜っていけば境界では、ずれが生じます。ところが、実際はすべっていないのですから、このずれをバックさせてみます。すると、全く滑りがなく固着している場合の地下の動きを作り出せます。バックさせてのスリップがバックスリップ。この矢印を逆にすると地震が発生したときのずれ、スリップになります。バックスリップは、その様子を少しずつ変えながら地表の地面の動きと比べることによって推定されます。波線で囲った楕円状の領域はスリップの率が3cm/年以上の領域です。

浜名湖直下の深さ20~30kmでプレート境界のゆっくりしたすべりが度々起こっていると推定されていますが、その場所は固着域の西端部付近です。

実際にすべりがあったかは分かりません。滑らずくっついたまま、ねじれを起こすモデルも考えることができます。

 

 このねじれがどんどん強くなると、岩盤も耐えられなくなって、限界の強度を越え、浜松付近の直下でずれ破壊、地震が起こります。その破壊領域が拡大すると、大きな地震になります。まず東海地震という巨大地震、場合によっては、西の方にも拡大して、超巨大地震の可能性もあります。

図1:  地震予知連絡会会報 51, 1994 , 防災科学技術研究所資料 p.502 第4図

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